ボブリーを訪ねて

本章では創設者ボブ・リーの人となりに迫ってみたい。しかし、多忙な企業経営者でありながら世界各地を旅し続けたボブを知るための資料は、実は多くない。しかし、幸いにしてワールドフォトプレス社の雑誌『モノ・マガジン』がボブの別荘を訪ねて本人に取材した記事が残されている。以下は同誌’92年6月16日号に掲載された、その貴重なインタビュー記事を抜粋・再編集し、ボブ・リーの人柄とブランド哲学を明らかにするものである。

自然への限りない愛

その日の朝は小雨模様だった。「ハイウェイをひたすらまっすぐ南へ35マイルほど走って来てくれ」という言葉にしたがって走り続けると、いきなり道路の左手に湖が広がる。いよいよ“彼”に会えるのだ。興奮と不安が入り交じる。
しかし「いやぁ、よく来たね」という彼の気さくな言葉で、その緊張は解けていく。米国北西部の、その湖のほとりにたたずむ別荘にて、ハンティング・ワールドの社長兼デザイナーであり、数多くの才能をもつロバート・M・リー、通称ボブ・リーの素顔にふれるインタビューはこうして始まった。この辺りにはさまざまな野生生物が棲息しているとかで、「先週はここの前に熊が来てね。ほら、木が立っている、あの場所にひょっこり現れたんだ」と言い、そのときに撮った写真を見せるのだった。

湖の中ほどに小さな島があり、それもボブの所有であるという。以前、そこは開発予定地だったが、それを防ぐために島全体を購入。「あそこに自宅を建て始めたところなんだ」と言い、その図面を披露する。彼はハンティング・ワールドの商品デザインのみならず、建築の設計・デザインも手がけており、新しい自宅も自身で設計した。彼は語る、「僕は生来、デザインに対する目というものをもっているみたいなんだ」と。
インタビューは彼のブランド哲学、デザインに対する姿勢、商品の開発・改良など多岐にわたり、取材は長時間におよんだが、その取材中、ボブはしきりに窓の外に目をやっていた。あとでわかったのだが、彼は天気を気にしていたのである。「動物もね、雨に濡れるのはいやで、あまり外を歩きたがらないものなんだ」とボブ。雨が上がれば、日本からの来訪者たちに野生の動物たちを見せることができるかもしれず、それでしきりに天気を気にしていたのだった。

湖辺に建つ別荘から、当時、購入したばかりの湖中島が眺望できた(写真上-@左上)。取材中、雨が止んで晴れ間がのぞくのを確認したボブは「また降ってこないうちに行こう!」と立ち上がり、インタビューの中断にとまどう取材班を湖に停泊させた自家用ボートまで導いた。そこで愛犬の歓迎を受けたのち(上-A右上)、乗船して島へ。ボブ自身がデザインしたという島内の自宅は、建設予定場所でそのモックアップが建てられている最中だった。別荘周辺では熊などの野生生物が集まるが、島にも鹿が棲息しており、彼らの姿を取材班に見せたかったボブは双眼鏡を手に島内を案内(下-@左下)。このときは目撃できなかったが、別荘に戻って再開したインタビューの休憩中、バルコニーから望遠鏡をのぞくと、島の小高い丘に鹿の群れが見えた(下-A右下)。「やっぱり1日、鹿が見えないと何だか心配になるんだ」とボブ。動物たちの話をしているときの彼の眼差しは、ただひたすらに優しかった。

幼い頃からアウトドアスポーツに親しみ、のちに世界各地の秘境を探索してきたボブにとり、大自然と、そこで生きる動物たちはなによりも愛すべき対象であり続けた。だからこそ、環境問題が顕在化する以前から野生動物の生態調査などに積極的に取り組んできた。また、ナショナル・オーデュボーン・ソサエティ、およびウイルダネス・ソサエティというふたつの自然保護団体に寄付金を贈り、リサーチに役立ててもらってもいる。とりわけ森林伐採問題には関心が深く、「自然を知らない組織が計画なしに伐採を行っている。恐ろしい状態だ」と訴える彼は、米国北西部モンタナ州立大学にて自然管理学の講義も行っているのだという(ボブのこうした姿勢は現在、ハンティング・ワールドのボルネオチャリティープロジェクトとして引き継がれている)。しかし、それでもなお、自然は人の手によって破壊されつつある。「もうアフリカには戻らないことにしているんだ。昔の良き時代のアフリカは僕の記憶の中にある」という言葉からは無念さがにじみ出ていた。
そういえば島の購入も気まぐれなどではなく、開発を回避するためであった。多忙なボブにとり、いまなお自然をあるがままに残す、この地は心底安らぐことのできる場所であり、訪ねてきた人々にそこで暮らす動物たちを見せることは、実はボブ流の最上のもてなしであったのだ。

製品への妥協なき眼差し

大自然と野生生物をこよなく愛するボブ・リーは、冒険家らしい、あるいはブランドの創設者らしいエネルギッシュな一面も併せもっている。「会いたい」と思った人物がいれば、物怖じせずに会いに行って親しくなってしまうという才能は、彼のダイナミックな性格を表す一例だ。前述したイランのアブドレザ王子、ハンターで著述家のジョン・オ・コナー氏、イタリアのクルマ王エンツォ・フェラーリ氏らとの交友も、そんなボブの人柄を物語るものといえよう。そう、ボブの思い立ったらすぐに実行に移す決断力や機動力には人並み以上のものがあるのだ。
デザインワークにも、独自のスタイルがあって興味深い。「アイデアを思いついたら、すぐにメモをするんだ。レストランのペーパーナプキンに書くこともある。でも、イラストは描かない。なぜって大きさの感覚がつかめないからね。バッグのデザインでは厚紙を使い、ハサミで実物大に切り、ステープラーでとじてダミーを作るというやり方なんだ」。アフリカ旅行中、厚紙がなかったため、ベッドのシーツを切ってダミーを作ったこともあったそうな。こんな話もしてくれた。「照準を高く設定し、それを商品化した際にどれだけのコストがかかるかは気にせずにダミーやプロトタイプを作る。作れる限りの最高のモノを作れば、それを買う顧客は必ずいると確信しているよ」。

実は、ボブは疑いなく完璧主義者だ。既存のものに飽き足らず、より良く使えるよう改良を施すのは少年時代からの習いだったし、冒険旅行をさらに快適にするべく、クルマやアウトドア用具などに独自の工夫を凝らすことも怠らず、新しい用具を作るとチームメイトのために使用法をマニュアル化してもいる。当時、ボブのキャンプはアフリカで最も快適で、効率のいい調査チームとして知られ、友人や知人たちからそうした用具の注文が殺到したことが、のちにハンティング・ワールドというブランドを生み出したのだ。
この姿勢は自社製品に対しても揺ぎなく、たとえば商品開発ではいたずらに妥協することなくクオリティを追求し、工場から送られてきたプロトタイプにも「たいてい1回目は却下。そうだな、だいたい5回目くらいにはOKになるかな(笑)」というほどの徹底ぶりである。しかも、こうした試作品はもちろんのこと、発売後の製品についてももれなく自らフィールドテストを行い、不十分な点があれば繰り返し改良を図り、納得がいくまで完成度を上げていくのが彼の流儀なのだ。加えて、ボブ曰く「ハンティング・ワールドは顧客によって前進しているんだ。特にヘビーユーザーの意見は尊重している」とのこと。同社ではトライアルテストに加え、こうした顧客からの声も活かし、絶えず商品の開発と改善に取り組んできたのだ。

写真上-@左上は、ボブの愛用品のひとつ。自社製品はほぼ全てを自身でトライアルテストしているボブだが、このバッグは「特に気に入っている」とか。写真上-A右上は現行品「バチュー サーパス キャリオール」のルーツにして、かつてブランドを象徴する存在だった「エクスプローラーバッグ ♯6045」。もちろん、これも彼がデザインしたものだ。
ハンティング・ワールドが、その品質と信頼性の高さをもって世界中からあまねく讃を贈られてきたのは、現状に甘んじることなく、絶えず「最高のモノ」を追い求め続けるボブ・リーの、この妥協なきチャレンジ魂の成せる技なのかもしれない。

ところで、ボブのデザイナーとしての個性とはどのようなものなのだろうか? 彼の言にしたがえば、そのポリシーは「シンプル」であるという。’60年代の広告に「クラシック・イズ・フォーエバー(伝統は永遠に)」というコピーがあったのだが、彼の商品作りにはこの「伝統」が強調されている。これをバッグに当てはめると、ボブ曰く「シンプルでなくてはならない。そして組織的に正しくなくてはいけない」となる。「シンプル」はわかるとして、しかし「組織的に正しい」とはどういう意味なのか? これはバッグの例ではないのだが、今回の取材において彼が着用していたジャケット(写真右)を介して理解できた。

それは商品ではないが、ボブが自らのためにデザインし、1960年頃から愛用してきたツイードのジャケットだ。彼は毎年、スコットランドで開催されていてるキジ狩りに参加しているが、そこでは正装が規定で決められている。だから「実際のハンティングと、その後の社交の場の両方で通用するジャケットが欲しくてね。それで、これをデザインした」というのだ。そして、続けて「普通のジャケットは襟に違う布が使用されているけど、これの襟は身頃とつながった一枚の生地で作ってあるんだよ。そのほうが襟がフラットに収まるからね」とも。

ここからわかることは、このジャケットがハンティングにおける動作を妨げないスポーツの性能と、ドレスコードを満たすファッション性を併せ持っており、しかも双方が連続する組織性を備えている点である。すなわち、そこには機能性と社会性が破綻や矛盾なく一体化されており、これをもって、デザイナー、ボブ・リーが語るところの「組織的に正しい」ものの在り方をうかがい知ることができるのだ。

ボブ・リーとハンティング・ワールド社の姿勢は、高級品ではなく、あくまでもアウトドアブランドとして一流であろうという姿勢だ。直営店にしても必要以上に気どったディスプレイは禁じているほどだ。長年の伝統や文化の上に成立したヨーロッパのラグジュアリーブランドのように顧客に行動規範を求めることはなく、ただひたすら耐久性に富み、徹底的に使いやすく、しかもシンプルでありながらエレガントさももつ、そんな生活に密着したアイテムを展開するブランドなのである。と同時に、個々の商品には「人々に自然とのふれあいを取り戻して欲しい」とのメッセージが込められている。そして実は、これこそが生粋のアウトドアマンたるボブ・リーの揺ぎなき願いなのである。

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