Endless Notes
果てしなく広がる美しい自然界
対極にある、果てのない人間界
環境の今を綴る写真家ノート
vol.5 Cape Toi
Endless Notes
果てしなく広がる美しい自然界
対極にある、果てのない人間界
環境の今を綴る写真家ノート
vol.6 Cape Toi
美しい風景の奥にある、地球の「いま」。
気候変動や環境破壊が進む現代、私たちの暮らしと自然との関係は大きな転換点を迎えています。
自然写真家・柏倉陽介氏は、ただの美しさにとどまらず、
地球が抱える課題や変化の兆しを写真に刻み込んできました。
本ページでは、柏倉氏の作品を通して、
自然の多様な表情とその背景にある環境の現状を見つめ直す機会をお届けします。
美しい風景の奥にある、地球の「いま」。
気候変動や環境破壊が進む現代、私たちの暮らしと自然との関係は大きな転換点を迎えています。
自然写真家・柏倉陽介氏は、
ただの美しさにとどまらず、地球が抱える課題や
変化の兆しを写真に刻み込んできました。
本ページでは、柏倉氏の作品を通して、
自然の多様な表情とその背景にある環境の現状を見つめ直す機会をお届けします。
volume.6 Episode of Cape Toi
空と海の鮮やかな境界線を背にして、緑の草原を力強く駆けていく馬。
その姿を初めて目にしたとき、私はただ圧倒され「まるで映画のワンシーンみたいだ」と心の中で呟いていました。
けれど、そこには演出を施す監督も、最高の構図を狙うカメラマンも存在しません。剥き出しの命がただそこにあるという事実が私の魂を静かに揺さぶりました。
その馬は「岬馬(御崎馬)」と呼ばれ、宮崎県の最南端に位置する都井岬で何世紀にもわたって命を繋いできた日本在来馬の一種です。

空と海の鮮やかな境界線を背にして、緑の草原を力強く駆けていく馬。
その姿を初めて目にしたとき、私はただ圧倒され「まるで映画のワンシーンみたいだ」と心の中で呟いていました。
けれど、そこには演出を施す監督も、最高の構図を狙うカメラマンも存在しません。剥き出しの命がただそこにあるという事実が私の魂を静かに揺さぶりました。
その馬は「岬馬(御崎馬)」と呼ばれ、宮崎県の最南端に位置する都井岬で何世紀にもわたって命を繋いできた日本在来馬の一種です。

彼らの生活には、私たちが「飼育」という言葉でイメージするような手厚い保護はありません。人による管理をほとんど受けないまま、300年以上もの長い年月を過ごしてきた彼らは、日本の在来馬の中で唯一、野生に近い状態で生息し続けている稀有な存在です。
その歴史を紐解けば、江戸時代の元禄十年(西暦1697年)にまで遡ります。当時、この地を治めていた高鍋藩が、戦に用いる軍馬を育成するために都井岬に牧場を設けたことが物語のはじまりでした。そこは決して馬たちにとって楽園ではありませんでした。潮風にさらされた草は決して豊富ではなく、足腰を鍛えるにはあまりに険しい斜面がどこまでも続いています。
しかし、江戸という時代が終わりを告げ、文明がどれほど劇的な変化を遂げようとも、岬馬たちは過酷な自然環境に自らの身体を適応させ、今日まで生き抜いてきました。
誰に教わるでもなく、岬という厳しい舞台の上で「生きる」という役割を全うしてきたのです。その力強さは、効率や利便性を追い求めすぎてしまった私たち人間に、命が本来持っているはずの野生の輝きを思い出させてくれるような気がします。
やがて、水平線の向こうに陽が沈み、あたりが深い藍色に染まると、空には宝石を散りばめたような星々が輝き始めました。懐中電灯の明かりを頼りに暗闇の奥へ進んでいくと、運良く馬の群れに出会うことができました。
驚いたことに、馬たちは夜の帳が下りた後も黙々と草を食んでいました。暗闇の中で響く、草を噛み切る「ザクッ、ザクッ」という規則正しい音は、夜の静寂の中で心地よいリズムを刻んでいます。
すると、群れの中から一頭の馬が迷いのない足取りで私の方へと近づいてきました。私は恐るおそるですが、馬に向かって手を伸ばしました。馬は私の存在を拒絶することなく、そっと額を触らせてくれました。指先から伝わってくるのは力強い生命の拍動と温もりでした。馬は再び踵を返して群れに戻りました。
私は涼しげな風にあたりながら、飽きることなく馬を眺めていました。どれほど時間が経ったのか、私はある違和感に気づきました。草を食む音が聞こえなくなったのです。馬たちは動きを止め、まるで石像のようにピタリと動かなくなっていました。一体どうしたんだと近寄ってみると、穏やかで深い寝息が聞こえてきました。
馬たちは、立ったまま眠りについていたのです。私は言葉にならない感動に包まれました。星空の下、立ったまま眠るそのシルエットは、おそらく江戸時代からの光景と何ひとつ変わっていないのでしょう。時代が移り変わり、人の営みがどれほど形を変えたとしても、この岬の風と、星の光と、馬たちの呼吸だけは、変わることのない不変の物語としてここに存在し続けてきました。
暗闇の中で、馬たちの静かな寝息を聴きながら、私は心の中で静かに願いました。この純粋で美しい光景が、これから300年後の未来にも変わらずにあり続けてくれますようにと。
人間が自然を壊すのではなく、共生していく道を選び続けることができたなら、この奇跡はきっと次の300年へと受け継がれていくはずです。星の光に照らされた馬と共に、私も草原に寝転んでみました。空には無数の星々が輝いていました。
写真家
柏倉陽介 - Kashiwakura Yosuke -

国内外を問わず、自然に関わるテーマを精力的に撮影している。文明と野生の衝突地帯に生きるオランウータンのリハビリテーション風景を中心として、制作に15年をかけた写真集『Back to the Wild 森を失ったオランウータン』を上梓。『オランウータンと緑の津波』と題した巡回展を北海道旭山動物園、えこりん村、円山動物園にて開催した。世界最大の霊長類保護支援団体であるBOS財団が主催する「MOVING PICTURES展」をはじめ、米国立スミソニアン自然史博物館、ロンドン自然史博物館、国連気候変動枠組条約締約国会議にて作品を展示している。LensCulture Earth Awards、ナショナルジオグラフィック国際フォトコンテスト、ワイルドライフフォトグラファー・オブザイヤーなどに入賞し、Monochrome Photography Awards / ランドスケープ・フォトグラファー・オブザイヤーを受賞。Monochrome Photography Awardsの審査員も務めている。2025年より「Endless」と題した環境撮影プロジェクトを開始した。






