アフリカからユーラシアへ
-数々の発見と功績-
創設者ボブ・リーの人生は、彼の冒険への情熱なくしては語れない。彼の非凡なところは、ハンティングワールド社設立後も探険をやめなかった点にある。ひとつの事業を起こし、運営していくことは、どんな人間にとっても大きな仕事だ。ことにハンティングワールドは、ボブ自身が企画・開発したオリジナル製品だけで成り立っていた。また、製造から販売ルートの確立まで、なすべき仕事はいくらでもある。普通なら、これだけで忙殺されてしまうだろう。加えて、創業から2年後の1967年には早くも最初の直営店をニューヨークに開店させ、続く「バチュー・クロス」導入の成功でグローバルブランドへと飛躍させたことで、彼は多忙をきわめていた。にもかかわらず、その合間を縫って、’70年までインドやイランへの探険旅行を繰り返したのだった。ことにイランではパーレビ国王の弟アブドレザ王子(写真下中央)と親交を結び、二人でアンゴラ、モザンビーク、南アフリカなどで調査旅行を実施してもいる。
そんな精力的なボブが次に興味を抱いたのは、中国だった。きっかけは、故ジェームス・クラーク博士の存在だ。探険家であり、彫刻家でもあった博士は、以前からボブが自然科学分野の師と仰いでいた著名な人物である。それもあって、博士の手による動物のブロンズ像がハンティングワールドにて、注文製作で販売されもした。 同博士の影響を受けたボブは、やがて中国極西部に生息するヤギに関心をもつことになる。1974年、中国工芸品などの将来性を見越したボブは、当時の副社長とともにオリエント・エクスプレス・トレーディング社を設立すべく初の訪中を果たし、北京、上海などの都市部を巡った。以後、野生生物の学術調査実現に向け、中国当局からその許可を得るべく、粘り強く交渉を続けたのだが、中国滞在中のある日、ついに待望の招聘状がボブのもとに届いた。もっとも、出発までの十分な準備期間は与えられず、’80年7月、通訳とガイドだけを連れて天山山脈に向かい、騎乗と徒歩による探索を敢行した。ちなみに学術調査が許可された西洋人としては、これは中華人民共和国史上初という快挙であった。

この遠征の結果、天山山脈の奥地にアイベックスが棲息し、特定地域から野生ヤギの一種であるリトルデーツ・アルガリが消滅していることを確認。’80年10月には、経験から特殊なデザインの探険用具一式を加え、再度、天山山脈に遠征。さらにはパミール高原にいたる地に入るのだが、実は西洋人による、この地域の調査は1926年以来のことだったという。そしてボブはそこで、1271年にマルコ・ポーロが目撃して以来、欧米の生物学者らが幻の生き物としてきたマルコポーロシープを再発見する偉業を成し遂げた。ウシ科ヒツジ属アルガリの亜種である、この希少な高山動物は1920年代初期に中国パミールから姿を消し、アフガニスタンやソビエトパミールにしか棲息しないとされていた伝説の野生ヤギだった。なお、ボブ隊はこの年の12月に再び同高原を訪れ、厳冬期ながら標高約6000mの高所踏破にも成功している。

ボブの旅はさらに続き、’81年にシベリア国境付近の中国黒竜江省最北東部に遠征し、亜寒帯林をトレッキングしながら満州ワビティやノロジカなどの生態調査を行い、同省に猟鳥獣類保護政策を提案してもいる。また、’82年7月には雲南省南部の広範な地域を踏破し、ビルマ国境沿いの部族民と生活をともにし、8月にはチベットにも足を延ばし、これをもって中国政府の招聘による一連の中国探険が終了した。

ところでボブはこれら探険旅行の際、自社製品のフィールドテストを決して怠ることがなかった。たとえば、それは「バチュー・クロス」のバッグについても例外ではなく、摂氏54℃のサバンナでも零下23℃のパミール高原でも、この素材が十二分に機能を維持することを確認している。すなわち、豊かだが過酷な自然環境はボブにとって、商品開発における発想の源泉であると同時に、絶好のトライアルテストの場であり続けたのだ。なぜなら、極限の地にあって不十分な装備は、生命の危機さえもたらしかねないことをボブは熟知していたからである。
同社の製品に寄せられる、世界中のアウトドアマンたちの絶大なる信頼は、ボブへの信頼と同義だ。と同時に、このことは、ハンティングワールドが真なるアウトドアブランドであることの確かな証左ともなる。たとえファッションアイテムとして優れているとしても、それは副産物にすぎないのである。

写真上は厳寒のパミール高原を移動するボブ(手前)と、その一行。中国各地では季節を問わず、こうした山岳地やステップ、砂漠など多様な自然環境の下、馬、高地性ウシ科のヤク、ときにラクダなどを帯同し、あえてキャラバン隊は小規模に抑え、現地の人々の暮らしや行動様式も重んじながらの移動としていた。また、いずれのフィールドでも絶えずハンティングワールドの製品テストを心がけ、その結果を製品の開発や改良に反映させた。
なお、ボブはのちに刊行した著書『チャイナ・サファリ』で、このときの中国奥地探検の詳細を紹介しており、前述の『サファリ・トゥデイ』と並ぶ貴重な記録として、いまなお高い評価を得ている。

バチュー・クロスという革新
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